リヒャルト・シュトラウス (1864-1949) 交響詩《ドン・ファン》 Op.20

 個人的な見解だが、古今東西の様々な音楽ジャンルの中でもクラシックはかなりエロチックな部類に入ると思っている。とりわけR.シュトラウスの《ドン・ファン》は格別だ。音楽による物語描写に長けた彼の才能はエロスというテーマに対しても十分に発揮されており、(性)愛を巡る心の機微や感情の昂ぶりを見事に表現している。特にロマンスの場面における主題の絡まり合い、焦らし、そして絶頂から虚脱感へと続く曲想には、思わず赤面してしまうほどだ。

 ドンファン(イタリア語読みならドンジョヴァンニ)はスペインの伝説上の人物であり、稀代のプレイボーイとして知られてる。物語が明治期の日本に紹介された際には、タイトルを『女たらし』とする翻訳もあったようだ。ただし、出版に際してR.シュトラウスがスコアの冒頭に掲げたN.レーナウの叙事詩は、ドンファンを単なるエロオヤジとしてではなく、愛に我が身を捧げて彷徨う真摯な人物として描いている。楽曲はまずドンファン自身を表す精力的な主題で始まり、続いて二人の女性とのアバンチュールがそれぞれ蠱惑的な旋律で表現される(どちらの恋物語が好みか聴き比べてみるのも一興だろう)。その後、ホルンの斉奏で崇高な愛を讃えるかのような堂々とした主題が登場し、ドンファンの動機と共に頂点を形成する。だが結局ドンファンの心は満たされることなく、最後は重々しい低音楽器の響きのなか、愛=命の灯火が掻き消されるかのように静かに閉じられる。

出典

東広島交響楽団第11回演奏会、広島大学サタケメモリアルホール(2010.1.11)、パンフレット。

コンテンツ

連絡先

〒171-8501
東京都豊島区西池袋3-34-1
立教大学社会学部 井手口研究室
TEL: 03-3985-4907(社会科学系事務室)
Mail: ideguchi[at]rikkyo.ac.jp