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作曲者紹介
introduction
セルゲイ・ボルトキエヴィチ Sergei Bortkiewicz(1877.2.28~1952.10.25)
セルゲイ・ボルトキエヴィチは、ロシア帝国ハリコフ(現ウクライナ)生まれの作曲家です。ラフマニノフやスクリャービンと同世代で、20世紀前半、ウィーンやベルリンで創作と演奏活動を行いました。
最近では、少しずつ彼の作品を取り入れたプログラムを目にすることも増えてきたように思いますが、まだまだその機会はごく僅か。美しい作品の数々を、ぜひもっと多くの人に知ってもらいたいと思う作曲家です。
1877年、ボルトキエヴィチは当時のロシア帝国ハリコフに、ポーランド人貴族の息子として生まれました。ペテルブルク音楽院でリャードフに師事した後、1900年にライプツィヒ音楽院へ入学。リスト門派にピアノと作曲を師事します。卒業後まもまく結婚してからはベルリンに移住し、そこを拠点に創作活動とヨーロッパ各地で演奏活動を行いました。
しかし1914年に第一次世界大戦が勃発。”ドイツを拠点に活動するポーランド系ロシア人”であったボルトキエヴィチの人生は、戦火の波に大きく翻弄されることとなりました。自宅軟禁状態からロシアへ強制退去となり、大戦終結後にはロシア革命により家の土地の大半を奪われ、なんとかコンスタンティノープル(イスタンブール)へ脱出、ユーゴスラビアに渡り、1922年にオーストリアへ亡命。パリを経由し、1928年にやっとベルリンで活動を再開するも、ロシア人であった彼は今度はナチス迫害に晒され、再びウィーンへ戻ることになります。
そして第二次世界大戦。終戦までウィーンでなんとか無事に活動を続けることができたものの、楽譜の大半が空襲で消失してしまいます(残っている楽譜は友人たちに献呈されたもの)。精神的にも経済的にも非常に苦しかった彼の活動を支えたのは、友人と、各地の演奏会で彼の音楽に感銘を受けた支援者たちでした。
今日、私たちがボルトキエヴィチの作品に触れることができるのは、彼の作品を残すために尽力した友人達のおかげです。
20世紀前半、西洋音楽が大きく変貌を遂げていった時代に、ボルトキエヴィチの音楽は後期ロマン派の旋律美を貫き、親しみやすいサロン風作品を書き続けました。自身の置かれた環境が、新たな技法を追及した多くの作曲家たちとは異なっていたこともあるかも知れませんが、哀愁を帯びた数々の美しい旋律にどこか温かみを感じ、聴く人の心にするりと染み入ってくるのは、何より「人のために書いた音楽」だからなのかも知れません。
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